弁護士法23条が定める秘密保持義務は、生成AIを使っても消えません。依頼者情報を含むプロンプトを生成AIサービスに入力するときは、①そのサービスが入力内容を学習に利用しないか、②データがどこに保管されるか、③事務所として基本的な取扱方法(規程)を定めているか——この3点を確認したうえで利用する必要があります。根拠は弁護士法23条、弁護士職務基本規程、2024年6月施行の弁護士情報セキュリティ規程、そして個人情報保護委員会の注意喚起です。以下、それぞれの条文と出典を示します。
弁護士法23条が定める秘密保持義務
弁護士法23条はこう定めています。
弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
この義務は、弁護士が依頼者から事件処理に必要な情報を漏れなく開示してもらうための前提でもあります。生成AIへの入力によって依頼者の秘密が事務所の外部(AIサービスを提供する事業者)に渡る以上、この義務との関係を意識する必要があります。
弁護士職務基本規程が求める具体的な行動
弁護士職務基本規程(日弁連会規第70号)は、秘密の保持について複数の条文を置いています。
- 第23条(秘密の保持)「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」
- 第19条(事務職員等の指導監督)「弁護士は、事務職員、司法修習生その他の自らの職務に関与させた者が、その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に及び、又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし、若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない。」
- 第18条(事件記録の保管等)「弁護士は、事件記録を保管し、又は廃棄するに際しては、秘密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなければならない。」
- 第22条(依頼者の意思の尊重)「弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする。」
19条は事務職員等の監督義務を定めたものですが、AIサービスの選定・利用方法についても、弁護士自身が把握し監督する立場にあることは変わりません。22条の「依頼者の意思の尊重」は、AIを使うこと自体への同意を直接要求する条文ではありませんが、どのような方法で事件を処理するかという委任の趣旨に関わる事柄として、依頼者の意思を踏まえるべき場面はあり得ます。
弁護士情報セキュリティ規程が求める管理体制
2024年6月1日に施行された弁護士情報セキュリティ規程(会規第117号)は、弁護士等に対して、取扱情報の管理体制をより具体的に求めています。
第三条 弁護士等は、その職務を行うに当たり、取扱情報の種類、性質等に応じた情報セキュリティに対する危険を把握するよう努めなければならない。 2 弁護士等は、前項の規定により把握した危険を踏まえ、所属する法律事務所等の規模及び業務の種類、態様等に応じて、取扱情報の情報セキュリティを確保するための基本的な取扱方法を定めなければならない。
第四条 弁護士等は、自らの業務に係る取扱情報に関する情報セキュリティの責任者として、この規程に基づき、取扱情報の種類、性質等に応じた必要な管理体制を整備し、組織的、人的、物理的及び技術的な安全管理措置を講ずるものとする。 2 弁護士等は、事務職員、司法修習生その他の自らの職務に関与させる者(以下「事務職員等」という。)に対して、情報セキュリティを確保するための必要な対策を講じさせなければならない。
第五条 弁護士等は、取扱情報の作成、取得、保管、利用、提供、運搬、送信及び廃棄の各段階で、情報セキュリティが確保されるよう取扱情報を取り扱わなければならない。
(弁護士情報セキュリティ規程|日本弁護士連合会、令和6年6月1日施行)
生成AIサービスへの入力は、第五条が挙げる「提供」や「送信」の段階にあたります。事務所の基本的な取扱方法(第三条)の中に、AIサービスの利用をどう位置付けるかを含めておく必要があります。
生成AIサービスを選ぶときに確認すべきこと
個人情報保護委員会は2023年6月2日、生成AIサービスの利用について次のように注意喚起しています。
個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。そのため、このようなプロンプトの入力を行う場合には、当該生成AIサービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること。
(個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」令和5年6月2日)
法律事務所が扱う依頼者情報は、この「個人データ」に該当する場合が多く、サービス提供事業者が入力内容を学習に利用しないことを確認する必要があります。Astarがこの点についてどう対応しているかは「なぜAstarはセキュアなのか」に、技術的な説明をまとめています。
AIに契約書等をレビューさせることと弁護士法72条の関係
秘密保持義務とは別に、AIを使った契約書等のレビューが弁護士法72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)との関係でどう扱われるかという論点もあります。この点は「法律事務所のAI活用」で、法務省のガイドラインに基づいて説明しています。
よくある質問
生成AIに依頼者情報を入力すると、守秘義務違反になりますか。
入力すること自体が直ちに違反になるわけではありません。ただし弁護士法23条の秘密保持義務は生成AIを使っても消えないため、入力した情報が学習に使われないか、どこに保管されるかを確認したうえで利用する必要があります。
事務所としてどんな体制を整えればよいですか。
弁護士情報セキュリティ規程は、取扱情報の種類・性質に応じた基本的な取扱方法を定め、安全管理措置を講じ、法改正や技術の進歩、事務所の体制の変化に応じてそれが機能しているかを点検することを弁護士等に求めています(第三条〜第六条)。AIサービスの利用もこの基本的な取扱方法の対象に含めて検討する必要があります。
事務職員がAIを使う場合の責任は誰にありますか。
弁護士職務基本規程19条は、弁護士が事務職員等に対して秘密を漏らさないよう指導・監督する義務を定めています。事務職員がAIサービスを使う場合も、弁護士がその利用方法を把握し監督する立場にあります。
AIに契約書等をレビューさせることは弁護士法72条との関係で問題ありませんか。
法務省のガイドラインは、弁護士本人がサービスの利用結果を踏まえて自ら審査対象を精査し、必要に応じて自ら修正する使い方であれば、通常は弁護士法72条に違反しないとしています。詳しくは「法律事務所のAI活用」にまとめています。